ラックんの日記

ラックんの日々を綴る日記

足首がずっと痛いの…捻挫かなぁ?

石橋容疑者の初公判が行われましたね

石橋側は煽り運転の事実は認めたものの

業務上過失致傷に関しては認めておりません

 

弁護士は徹底的に応戦する姿勢で

今後かなりこじれてきそうです

 

国民感情としては到底赦せるものではなく

裁判員が異例の致傷罪適用を勧めたくらい

石橋容疑者は悪質かつ反省の色が全くありません

 

ぼくとしてはなんらかの処罰が下ることを望んで

おります

 

ていうかこれ弁護士側も内心望んでるんじゃない?

 

 

交通案件で同じくぼくが許せないのは

今毎日運転していますが、左折するときに

歩行者が居たら横断歩道手前で待ちます

 

それは安全運転義務として当然なのですが

それをいいことに、信号が赤なのに自転車で

突っ込んでくるおっさん

 

そもそも自転車は歩行者ではなく車両です車両!

ということは道路交通法が適用されますので

歩行者とは区別されるはずなのに、なぜか日本の

ポリスメンは自転車には甘いのです

 

この理由については全く見当がつかないのですが

恐らく自転車を取り締まってもポイントが付かないか

ポイントが低いのだと思います

 

とにかく多くのポリスメンは熱血漢で入ってもいつしか

警察学校で持っていた志は消えてポイントゲッターに

なり下がるのです

 

 町の安全より自分家の家計ですよ、所詮

 

 

最近人は何のために生きているのか?と思います

少し哲学っぽくなりますが、そもそも

ぼくたちは何が目的で人生の時間を消費しているの

でしょう

ぼくたちの社会ではお金という共通の価値観の

やりとりが一般的で、殆どの人がその価値観という

スケールの中で生きています

何のためと言われるとかなり多くの人がお金のため

という回答をされるかと思います

 

お金のために一定時間労働しているわけですが

本当にそれでいいのでしょうか?

 

今ぼくは生活している中でサラリーマンですから

それほどの収入はありませんが、あまりお金に

困ってはいません

 

本当にお金に困っている人は餓死します

 

それなのに多くの日本人は自分が裕福だということを

自覚しておらず、いつもお金という人類が作り上げた

共通の価値観に縛られ生活しています

 

ぼくは今この歳になって思うのは、お金は稼ごうと

思ったらいくらでも手段はありますが自分の

人生の時間はどんな手段を講じても増やすことが

出来ないということです

 

それはどんなにお金を持っていても無理です

それはお金は人が作り上げた価値観でしかないからで

真実ではないからです

 

若いうちは気が付かず有り余る時間を浪費しますが

いつか自分の人生は砂時計の砂粒のように有限だと

いうことに気が付きます

 

なのでお金のためでなく自分のために生きてほしいです

自分のために生きるというのは自分が思うような人生

ということです

 

例えば自分が思うような人生に通勤が見えますか?

 

例えば自分が思うような人生に労働が見えますか?

 

人は誰しも自分の人生を自分が思うように生きる権利を

持っています

世の中に跋扈するまやかしに騙されず自分らしい人生を

全うしたいとぼくはいつも思っています

 

でもサラマン楽だから現実なにも変わってね~よ(笑)

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