昨日のガイアの夜明けは
伊藤忠の社員のお話でした
1990年くらいの新卒が
成長するさまを追いかけた
内容でした
率直な感想として彼らは
会社の中というフィールドで
自分がどれだけのことが出来るのか
というところに価値観を
見出しているのだなと感じました
なるほどなぁと納得できましたが
人には向き不向きや価値観の
違いがあるので
やっぱりぼくが望んでいる価値観とは
程遠いなというのが結論です
ところで、今朝がた夢をみまして
そこは死んだオヤジの会社での会議風景でした
生前のオヤジの会社は中国で安い物を作り
輸入卸をしていた商社だったのですが
現在の日本はデフレスパイラルで
中国で作ったものを販売しても
年々衰退は免れず
逆に日本が中国の生産工場になるような
逆転現象すら起きている中で
オヤジが脱サラして事業を始めて
30年経ったときにはすでに
次どうするの?
という段階にまで来ていて
それまでに手を打っていなかった
会社で会議を開いている自体で
危機管理の無さすら感じます
聞いても返答があいまいで
よく会社が回っていたなと
こんな素人で経営できたとは
流石バブルだったんだな
と感心せざるを得ません
そんで、会議の中で出てきた案が
現行商品に変わるものとして
テニスラケット
というもので
理由は今テニスが来ているからとのこと
ぼくが反対したのは言うまでもなく
なぜならそれは根本的な打開案でなく
例えるなら販売商品がみかんからリンゴに
変わるようなものなので
会社の進路を変えていくような
根本的なゾーンで議論を行わない
ことには未来はなく
なにかをスタートするにも原資がどれくらい
あるのか知りたかったので
キャッシュフローが知りたかったのですが
その返事すらあいまいだったわけです
こういう状態のなかで社が生き残っていく
方針を決めなくてはならないのに
なかなか遅々として話が進まないのが
夢のもどかしいところで、結論まで
行く前に目が覚めました
ぼくのオヤジは何年か前に癌でなくなりましたが
なんとなくオヤジが好きになれなかったのも
こういう詰めが甘い経営にあったのかも
しれません(嫌いでもないんですが)
さっき伊藤忠で頑張っている子たちを見たとき
彼らは与えられたステージでは
一生懸命やれるけど
野に放たれたとき独りで狩りをして
生きていくことが出来るのかしら?
って思いましたが
うちのオヤジもサラマン時代、役員のときは
まずまずだったんです
学歴もいいし外交員志望でしたのですが
自身で経営すると、外圧に左右される
難しいかじ取りは得意でなかったようです
かといってぼくが得意かどうかはわかりません
なので自分の分相応でスタートするのです