なぜ人は自由に生きないのか?

毎日毎日毎日毎日

 

 

わが社も人事異動があり

上が変わると当然社内は

前リーダー色を払しょくするために

がらりと変わるのですが

 

この一年は社内が一気に変わってきたので

ぼくは実際かなりストレスにさらされて

います

 

 

元々自分の人生を誰かに指図される

のは性に合わなくそれはまだ

3歳とかそのころからずっと

そうやって生きてきたので

 

半世紀も生きていると多分に

ストレスなわけです

 

 

サラリーマンを経験してみて

思うのが、はっきりってこの人たち

はとっても偉いです

 

とてもぼくにはまねできない

 

人から指示されたことを文句も

言わず粛々とこなす能力は関心します

 

嫌味でなくこの人たちはなぜ

ここまで自分を殺して自分の人生を

他人のために浪費できるのか不思議で

なりません

 

または人生を浪費しているという

感覚すらマヒしているのか

 

見ないふりをして目先の生活費のために

自分をごまかしているのか?

 

 

ここのところ朝礼が本当に憂鬱でなりません

本当に毎朝売上を上げなさい

 

一日一個でもいいから商品を売ってきなさい

とひたすら売上のお話ばかり

 

もともとぼくの仕事は顧客満足度

上げることだったはず

 

顧客満足度を会社の商品を売ること

で上げてこいという詭弁にもにた命令で

僕らは労働させられています

 

会社に飽きたというより

ぼくがぼくの人生をぼくらしく

いきる場所ではなくなってしまった

 

というのが正解だと思います

 

なぜ人はストレスを抱えながらも

そこにしがみついているのでしょうか?

 

多分色々なものを背負いこむことによって

ストレスを抱えながらも逃げられなくなって

いるのではと思います

 

実際は逃げられないというより

本人がそのほかの選択肢を考えず

思考停止しているだけじゃないですか?

 

何も考えず与えられたことを

一生懸命こなしていれば会社は

毎月エサを与えてくれますので

 

実際は辞める理由がない

だと思います

 

だって囲いのなかで従順に

なっていればとりあえずは

安全なことには違いありません

 

ひとたび囲いの外に出たら

自由ですが魚を取ったり

野菜を作ったりするのに

技術をつけ勉強しなくては

エサにありつけないわけですから

 

でも、自分で考えて生きていく力を

付ければどうなっても

生きてはいけます

 

ところが囲っているボスになにか

有った時は自分が生きていく力が

なければ死を待つだけです

 

ならば一秒でも早く自活する力を

付けたほうが良いと思うのは

ぼくだけですかねえ?

 

 

まあ何が言いたいかというと

人に指図されて人生を浪費するのは

勿体ないということです

 

退職まで猶予を儲けていますが

もしかしたら前倒しもあり得ます

 

春の大人事異動にともない社内が

大きく変わるならそこにぼくの

居場所はなくなるでしょう

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